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2025.06.12 09:00

アップルはなぜ米国内でiPhoneを製造することができないのか?

Mehaniq / Shutterstock.com

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筆者は、高品質の製品を大量に生産する世界規模の製造ラインを構築するための豊富な知見を持っている。製造業での数十年にわたる経験と知識があるからこそ、筆者は、この種の事業を立ち上げるために何が必要で、どれほどの時間がかかるのかを理解せず、ただ米国に製造拠点を移すことを勧める人がいるといら立ちを覚えずにはいられないのだ。

米国のドナルド・トランプ政権は、経済ナショナリズムやサプライチェーン(供給網)の回復力に対する懸念に加え、高度製造業の「リショアリング(訳注:企業が海外に移転した製造拠点を自国内に戻すこと)」への関心の高まりなどを背景に、米アップルのスマートフォン「iPhone(アイフォン)」を米国内で製造するという目標を声高に叫び続けている。これは一見すると説得力のある話だが、現場やサプライチェーンの現実は、それほど甘くはない。

ここではっきりさせておこう。アップルは米国でiPhoneを製造「しない」のではなく、現状では製造「できない」のだ。その理由を理解するには、アップルが世界規模でどのように製品を製造しているのか、深く掘り下げる必要がある。

アジアに息づくサプライチェーンの構造

iPhoneには東アジア、具体的には、中国、台湾、日本、韓国、そして最近ではベトナムとインドに集中したサプライチェーンがある。同地域はこの20年間で部品供給業者から金型専門家、最終組立業者に至る、極めて効率的で専門化された仕組みを構築してきた。アップルは台湾のフォックスコンやペガトロンといった電子機器製造の下請け企業と単純に契約しているわけではなく、ねじ、カメラ、回路基板、バッテリー、レンズのすべてが通常、最終組立工場から半径50~80キロ圏内で製造される統合ネットワークの恩恵を受けている。

一方、米国にはこのようなシステムがない。米国でiPhoneを製造するには、1990年代に衰退した産業基盤全体を再構築する必要があるが、それは1年や2年でできるようなことではない。最低でも10年はかかるだろう。

アジアの労働力

アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)は、同社はわずか数週間で8700人の産業エンジニアを中国に配置できると述べている。米国で同じことをしようとすれば、9カ月以上かかるだろう。それは、米国の労働者の技能が低いからではなく、労働者が精密電子機器の組み立てで、これだけの大量生産に適した訓練を受けていないからだ。

中国では、数百万人もの労働者が直ちにハイテク製造業に移行する準備ができている。労働者はこの目的のために建設された巨大な敷地の近くに住み、多くの場合、寮形式の宿泊施設で暮らしている。米国にはそれだけの規模や速度で対応可能な産業の柔軟性はない。

筆者は中国のこれらの巨大な敷地の1つを訪れ、アップルで訓練を受けた従業員と話をしたことがある。その多くは家族とともに農業を営み、給料の良い仕事に就ける見込みはほとんどなかったところ、これらの敷地に連れてこられたという。アップルは、いわゆる職業訓練校のような施設を通じてこうした労働者に教育を施し、iPhoneをはじめとする電子機器の製造に熟練した献身的な労働力を手に入れた。

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翻訳・編集=安藤清香

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