2025.05.22 13:15

「職人に弟子入りできる宿」も。富山県・井波の経済循環を生む仕組み

木彫刻で250年余も栄えつづけている井波の町には現在も200程の工房がある

木彫刻で250年余も栄えつづけている井波の町には現在も200程の工房がある

富山県南砺市井波(なんとしいなみ)。

初めてこの町の名前を聞いたとき、正直どこにあるのかすら分からなかった。だが、最近、周りで話題になっている「bed and craft」という一棟貸しの宿の存在を知り、富山空港から車で1時間かけて現地を訪れることにした。

井波は、あまり知られていないが、日本でも有数の木彫刻の町である。人口約8000人のこの町に、今も200人の彫刻師が暮らし、全国の社寺の装飾や建具を手掛けている。住民の40人に1人が木彫師という、まさに職人の町だ。その背景には、江戸時代中期に井波の大寺・瑞泉寺の再建のため、京都から高名な彫刻師が招かれたことがある。彼らの技術がこの地に根づき、やがて多くの弟子を育て、町全体に工房が点在するようになった。以降250年、手仕事の文化が脈々と受け継がれ、町の風景を形づくってきたのだ。

そう聞いても、なかなか旅行で訪れる”観光地”のイメージは湧きづらいかもしれない。しかし近年は、地域の作家たちと協働して手掛けられた「宿泊体験」という形で街が再構築されていると知り、期待を膨らませながら車を走らせた。

瑞泉寺の正門からは井波彫刻の基となった井波大工の力作であることがわかる
瑞泉寺の正門からは井波彫刻の基となった井波大工の力作であることがわかる

「bed and craft」は、「職人に弟子入りできる宿」をコンセプトに、家具店や料亭、豪農の旧家など6棟の古民家を改修し宿泊施設として展開している。時間が合えば職人への“弟子入り体験”も可能だが、宿泊のみの利用も歓迎されている。

各棟は、それぞれ異なる地元職人の監修によってデザインされており、宿そのものが作品のような空間となっている。私はそのうちのひとつ、築50年の建具屋を改修した「TATEGU-YA」に宿泊した。陰影と彫りが織りなす静謐な空間には、時の流れすらゆるやかに感じられた。 

建具屋として使われていた空間を、その風合いを生かして心地よい宿に再生されていた
建具屋として使われていた空間を、その風合いを生かして心地よい宿に再生されていた

滞在中、町の中心部である瑞泉寺へと続く八日町通りという参道には、多くの木彫師の工房が軒を連ねていた。

工房能のそばを通ると、欄間(らんま)にノミを入れる職人の姿が、ガラス戸越しに見られた。扉が開いている工房も多く、職人が声をかけてくれたり、自由に見学させてくれたりと、開かれた雰囲気もある。ある工房では作業台の脇に「ご自由にお持ちください」と書かれた木の削り片、「木っ端(こっぱ)」が山積みにされていた。製作過程で出る、いわば“削りカス”であり、職人にとっては廃材に近い存在だ。

ところが、観光地向けのお土産屋さんに立ち寄ると、この「木っ端」がおしゃれに包装され、アロマチップとして販売されていた。さらに、木の精油を抽出し「井波の香り」としてエッセンシャルオイルや香水にも展開されている。木片を燻製用チップとして加工した食の加工品もあった。職人たちにとっては、価値が見出しにくい素材でも、地域のストーリーやブランディングによって、観光商品としての付加価値が生まれている。この発想の転換と再編集の力には、思わず唸らされた。

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文=内田有映

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