2024年9月、神戸にある日本イーライリリー本社オフィスは厚生労働省からの一報で湧いた。35年かけて開発した早期アルツハイマー病治療薬「ケサンラ(一般名・ドナネマブ)」の承認が下りたのだ。
「本当にグッドニュース。たまたまインディアナポリスのグローバル本社からアルツハイマー病担当のリーダーが来日していたので、さっそくお祝いをしました」
19年から同社を率いるシモーネ・トムセンは、日本でケサンラが承認された日をこう振り返った。
トムセンが「グッドニュース」と言ったのはふたつの意味がある。リリーにとって日本事業はアメリカに次ぐ規模。ケサンラは米FDAに7月に承認されていたが、日本でも続いて承認されたことで世界展開に弾みがつく。日本の事業を任された身としてホッとしたことだろう。
もうひとつは、新薬が当事者の救いになることへの喜びだ。
「アルツハイマー病はアミロイドβプラークが脳に蓄積することで起きる病気です。新薬のケサンラは、その進行を遅らせる効果がある。アルツハイマー病に苦しむ当事者やご家族にとって素晴らしい朗報だと思います」
アルツハイマー病の進行を遅らせる薬として、ケサンラはエーザイと米バイオジェンが開発した「レケンビ」に次いで国内2例目の承認になる。選択肢が増えることは、当事者にとって非常にありがたいことだ。
ただ、普及には課題もある。どちらも早期に投与するほど効果が期待できるが、早期であるほど本人や家族は症状に気づきづらい。この問題をどう克服していくのか。
「早期のスクリーニングが重要なことはたしかで、私たちはさまざまなステークホルダーと協力してその環境づくりに取り組んでいます。たとえば神戸市と連携して、早期受診を支援する仕組みづくりに取り組んでいます。先日、久元喜造神戸市長は約300人の行政関係者の前で神戸市の『認知症の人にやさしいまちづくり』を紹介してくださった。この動きを全国に広げていきます」
リリーには、24年12月に承認された肥満症治療薬「ゼップバウンド(一般名・チルゼパチド)」など、ほかにも市場性の高い新薬が控えている。豊富なパイプラインを受け、トムセンは「30年には日本でトップの製薬会社になりたい」と語る。現在の売り上げ規模2232億円(2023年)からすると強気に聞こえるが、本人は本気だ。