多様化する社会課題に、クリエイターはいかに向き合うべきか。東京2020パラリンピックの開会式などを手がけ、今年のカンヌライオンズの審査員長も務めるDentsu Lab Tokyo Executive Creative Director / Copywriterの田中直基に聞いた。
「エンターテインメントこそが、私たちが今日直面している困難な社会課題を解決する鍵なのでは」
Dentsu Labでチーフ・クリエイティブ・オフィサーを務める田中直基は、2024年12月に日本人として初めて米国の「TEA カタリスト・アワード」を受賞した。冒頭はその受賞コメントの一部だ。本賞はエンターテインメント、テーマパークなどの業界において多大な影響を与えた先見性のある人物をたたえる賞で、東京2020パラリンピック競技大会開会式で制作責任者を務めた「選手入場」のクリエイティブや、インクルーシブ視点のクリエイティブワークが評価された。3月にロサンゼルスでの授賞式を終えた田中は今、クリエイターとして何を見据えているのか。
私がクリエイターとして社会課題に向き合うきっかけとなったのは、2021年の東京パラリンピック。選手入場時の演出として「The Wind of Change(世界を変えるカラフルな風)」(写真)を企画しました。流体シミュレーションと自動生成システムを開発し、国旗の色や国歌のサウンドデータなどから国ごとにすべて異なる映像の「風」をつくって、各国の入場時に吹かせる演出です。
コロナ禍で無観客となった会場で、選手たちを応援する意味を込めて制作しました。また、約5000人の出場選手すべての名前を会場に表示することにも挑戦。コスト面や誤字脱字といったリスクの大きさから前例がない試みでしたが、コロナ禍で参列できない選手が多かったため、「開会式に出場した」という証しをつくりたいと考えたのです。直前まで選手の変更などがありましたが、AIを活用したデザインシステムを開発したことで実現しました。
このプロジェクトでいちばんの収穫は、健常者・障害者関係なくボーダーレスなステージをつくる経験を通じて、この世界にはまだ使われてないクリエイティビティがあると気づけたこと。制作チームにもパフォーマーにも障害者が参加していたので、この世の中にいかに健常者の目線でつくられているものが多いかに気づくとともに「本当はここをこうしたらいいよね」とか、「このルールって本当はおかしいよね」といった鋭い指摘をもらい、より良い演出をつくることができたんです。